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アイテム詳細
カスタマーレビュー
おすすめ度:
どう、受け止めて、生きていきますか?
(2009-01-08)
静かに、淡々と物語りは進みます。真摯に深く心に残ります。
丁寧に書かれてあります。サクッといけます!
《でも、むずかしいぃ。…かった。》
読み進めるのが、怖いくらいのエピソードも、あります。
「もう、いいよ。」聞きたくない。と、思ったモノ。
悼む人 = 坂築静人 のお話。
〜その人は、誰を愛したのでしょうか。
誰に愛されていたのでしょうか。
どんなことをして、人に感謝されたことがあったのでしょうか。〜
静人自身が報道等で知り得た亡くなられた方のいる場所での【悼み】
【悼み】の際、付近の方々に故人の生前を尋ねる時の台詞。
時には、厄介がられ。また、あり難がれ。警察に保護されながらも。
続ける【悼み】全国各地、近くを通れば同じ場所をも【悼む】
毎日【悼む】記録する→覚えておく【悼み】
悼み続けて、やめることができないでいる感、でした。
ココを考えると、静人への理解がいろいろ分かれるんじゃないかと。
感じております。
【悼み】続ける強い理由や、目的は、みあたらない。
身近な【死】【無】の積み重ね。なのか…。
でもね、続けるコトが静人の【生】なんだ…。
○末期がんの母 = 坂築巡子
の章は、安心して、浸っていられる場所でした。
○共に歩く女 = 奈義倖世
情があるというコトはすなわち【愛】なんだと、しみじみ想い。
そして、いろいろな【表現】を確認し。
人は【愛】を求めている。と、感じました。
【生】【死】についてはフト立ち止まる時があります。
想う、想い続けるきっかけになる本ではないのかと思います。
折々に、【悼む人】を、想いだしていくコトになるのでしょうね。
と、感じております。
《静人だったら…。と…。》
ずっと心に残る
(2009-01-05)
テーマが壮大すぎてまだ頭がごちゃごちゃしてますが、
ひょっとしたら人生観を変える本になるかもしれない
と思ってます。
人は絶対死ぬし、大切な人の死、自分の死も決して
避けて通れるものではないけど、静人のお母さんの様に
最後まで人を気遣う事を忘れずに明るく生きていけたら
素敵だなと思いました。
静人の様に、自分と無関係な人の生死に関心を持って悼み続ける
何て事は普通の人には無理だと思うけど、とにかく他人も自分と同じ
たった1人しかいない人間なんだって事を忘れずに、尊重して生きて
行くことが大事だって事を教えられた気がします。
生と死、軽と重、有為無為と。
(2009-01-04)
全編に貫かれているのは、人間の生と死に対する作者の想い。人間の尊厳の存在を確かめているように、時に創造しているように、さまざまな角度から、ひとつの深遠なテーマに切り込む。
ライター蒔野は、死や暴力、愛憎などばかり求めるような、浅はかな読者の心を掴むよう、時に人権を軽視したような演出や、捏造とも思える記事を書き、書かれた人間を傷つけ、また自分自身にも、世の中も憤る日々の中、主人公静人と出会う。その静人の母、巡子は、末期の癌を得、残された日々の中、静人の真意に思いを巡らし、また、自分の死、周りに残される人達にとっての自分の死、静人が放つ波紋に向き合う。夫を殺した倖世は、殺した夫の亡霊に取り付かれたまま、絶望の中、夫を殺した現場で「悼み」を行う静人と出会う。
特別では無い死は無い。誰しも多かれ少なかれ愛し愛された経験があり、誰からも忘れ去られてしまっても良い存在では無い。また、誰しも自分が忘れられてしまうことを望んでいない。平凡な日常では忘れ去られているか、経験したものにとっては深く心の傷となったり、押し殺してきたような現実を、はっきりとしたテーマで書いているが、深遠なテーマゆえか、答えははっきりとは導かれるわけではない。それでも、8年もの長期間を掛け、実際に作者本人が「悼み」を行い続け書かれた、とてもよい、と思える作品でした。
自分を悼んでくれる人を待っている
(2009-01-01)
全国各地の事件や事故死の現場を訪れ、死者を悼む放浪の旅を
続ける男性を中心に、彼の家族、彼に接することで変わっていく雑誌記者や、
彼とともに歩き続ける夫殺しの過去を持つ女性の姿などを描いた小説。
読み終えた時に「本当にこんな人がいたらなあ」と思わずにはいられなかった。
不慮の死の瞬間、人はとても怖く寂しくどうしようもない孤独感に襲われるだろう。
このまま消えてしまうのか、と。でも、こうしてこのまま消えても
きっと誰かが、自分の存在を、
自分がこの世に存在し、何事かを為したという事実を覚えてくれているという
安心感があったとしたら…
人の死に軽重をつける、時が経つほどに人は他人の死を何事もなかったかのように
忘れていってしまう…
人はだいたいいつか死ぬ生き物だし、
そもそも一人一人の他人の死について考えてなんていたら自分が生きていけないし…
そう考えるのが当たり前なんだろうけど、
はたして本当にそう片付けるだけでいいのだろうかとつい考えてしまった。
「人の死に少し思いを馳せることで、命の重さのバランスが
変わっていくはずだ。」作者が言っていた言葉が、印象に残る。
重いテーマではあるし、そういうのは好きじゃないという人もいると思いますが
個人的にはやはり人に読むことを薦めたくなる本です。
悼みに取り憑かれた者
(2008-12-30)
「悼む人」=静人のキャラクターは、次第に掘り下げられていって良かった。非常にうさんくさい人物が、読むにつれどんどん純化されていくような気がした。周囲の者達が静人を胡乱な目で見、挑発し、遠ざけようとする。
ただ、作者自身の祈りに似たような気持ちが強すぎて、不純な私は少し鼻白む思いだった。ストーリーも登場人物も、どんどん純化されていきすぎる。これでは私のように取り残される読者もいるだろう。
登場人物達の名前が、あまり周囲にいそうにないのは、作者の誰をも傷つけたくないという気持ちが反映されたものだろう。だが、原罪という言葉を持ち出すまでもなく、他者を踏みつけにして生きている自分と折り合いをつけなければ、世の中のすべての人が静人みたいな廃人になってしまう。「包帯クラブ」から一歩進んだこの路線は、いったん見直してほしい。このままだと天童さん、あっち側へ行っちゃいそう。
おすすめ度:
どう、受け止めて、生きていきますか?
静かに、淡々と物語りは進みます。真摯に深く心に残ります。
丁寧に書かれてあります。サクッといけます!
《でも、むずかしいぃ。…かった。》
読み進めるのが、怖いくらいのエピソードも、あります。
「もう、いいよ。」聞きたくない。と、思ったモノ。
悼む人 = 坂築静人 のお話。
〜その人は、誰を愛したのでしょうか。
誰に愛されていたのでしょうか。
どんなことをして、人に感謝されたことがあったのでしょうか。〜
静人自身が報道等で知り得た亡くなられた方のいる場所での【悼み】
【悼み】の際、付近の方々に故人の生前を尋ねる時の台詞。
時には、厄介がられ。また、あり難がれ。警察に保護されながらも。
続ける【悼み】全国各地、近くを通れば同じ場所をも【悼む】
毎日【悼む】記録する→覚えておく【悼み】
悼み続けて、やめることができないでいる感、でした。
ココを考えると、静人への理解がいろいろ分かれるんじゃないかと。
感じております。
【悼み】続ける強い理由や、目的は、みあたらない。
身近な【死】【無】の積み重ね。なのか…。
でもね、続けるコトが静人の【生】なんだ…。
○末期がんの母 = 坂築巡子
の章は、安心して、浸っていられる場所でした。
○共に歩く女 = 奈義倖世
情があるというコトはすなわち【愛】なんだと、しみじみ想い。
そして、いろいろな【表現】を確認し。
人は【愛】を求めている。と、感じました。
【生】【死】についてはフト立ち止まる時があります。
想う、想い続けるきっかけになる本ではないのかと思います。
折々に、【悼む人】を、想いだしていくコトになるのでしょうね。
と、感じております。
《静人だったら…。と…。》
ずっと心に残る
テーマが壮大すぎてまだ頭がごちゃごちゃしてますが、
ひょっとしたら人生観を変える本になるかもしれない
と思ってます。
人は絶対死ぬし、大切な人の死、自分の死も決して
避けて通れるものではないけど、静人のお母さんの様に
最後まで人を気遣う事を忘れずに明るく生きていけたら
素敵だなと思いました。
静人の様に、自分と無関係な人の生死に関心を持って悼み続ける
何て事は普通の人には無理だと思うけど、とにかく他人も自分と同じ
たった1人しかいない人間なんだって事を忘れずに、尊重して生きて
行くことが大事だって事を教えられた気がします。
生と死、軽と重、有為無為と。
全編に貫かれているのは、人間の生と死に対する作者の想い。人間の尊厳の存在を確かめているように、時に創造しているように、さまざまな角度から、ひとつの深遠なテーマに切り込む。
ライター蒔野は、死や暴力、愛憎などばかり求めるような、浅はかな読者の心を掴むよう、時に人権を軽視したような演出や、捏造とも思える記事を書き、書かれた人間を傷つけ、また自分自身にも、世の中も憤る日々の中、主人公静人と出会う。その静人の母、巡子は、末期の癌を得、残された日々の中、静人の真意に思いを巡らし、また、自分の死、周りに残される人達にとっての自分の死、静人が放つ波紋に向き合う。夫を殺した倖世は、殺した夫の亡霊に取り付かれたまま、絶望の中、夫を殺した現場で「悼み」を行う静人と出会う。
特別では無い死は無い。誰しも多かれ少なかれ愛し愛された経験があり、誰からも忘れ去られてしまっても良い存在では無い。また、誰しも自分が忘れられてしまうことを望んでいない。平凡な日常では忘れ去られているか、経験したものにとっては深く心の傷となったり、押し殺してきたような現実を、はっきりとしたテーマで書いているが、深遠なテーマゆえか、答えははっきりとは導かれるわけではない。それでも、8年もの長期間を掛け、実際に作者本人が「悼み」を行い続け書かれた、とてもよい、と思える作品でした。
自分を悼んでくれる人を待っている
全国各地の事件や事故死の現場を訪れ、死者を悼む放浪の旅を
続ける男性を中心に、彼の家族、彼に接することで変わっていく雑誌記者や、
彼とともに歩き続ける夫殺しの過去を持つ女性の姿などを描いた小説。
読み終えた時に「本当にこんな人がいたらなあ」と思わずにはいられなかった。
不慮の死の瞬間、人はとても怖く寂しくどうしようもない孤独感に襲われるだろう。
このまま消えてしまうのか、と。でも、こうしてこのまま消えても
きっと誰かが、自分の存在を、
自分がこの世に存在し、何事かを為したという事実を覚えてくれているという
安心感があったとしたら…
人の死に軽重をつける、時が経つほどに人は他人の死を何事もなかったかのように
忘れていってしまう…
人はだいたいいつか死ぬ生き物だし、
そもそも一人一人の他人の死について考えてなんていたら自分が生きていけないし…
そう考えるのが当たり前なんだろうけど、
はたして本当にそう片付けるだけでいいのだろうかとつい考えてしまった。
「人の死に少し思いを馳せることで、命の重さのバランスが
変わっていくはずだ。」作者が言っていた言葉が、印象に残る。
重いテーマではあるし、そういうのは好きじゃないという人もいると思いますが
個人的にはやはり人に読むことを薦めたくなる本です。
悼みに取り憑かれた者
「悼む人」=静人のキャラクターは、次第に掘り下げられていって良かった。非常にうさんくさい人物が、読むにつれどんどん純化されていくような気がした。周囲の者達が静人を胡乱な目で見、挑発し、遠ざけようとする。
ただ、作者自身の祈りに似たような気持ちが強すぎて、不純な私は少し鼻白む思いだった。ストーリーも登場人物も、どんどん純化されていきすぎる。これでは私のように取り残される読者もいるだろう。
登場人物達の名前が、あまり周囲にいそうにないのは、作者の誰をも傷つけたくないという気持ちが反映されたものだろう。だが、原罪という言葉を持ち出すまでもなく、他者を踏みつけにして生きている自分と折り合いをつけなければ、世の中のすべての人が静人みたいな廃人になってしまう。「包帯クラブ」から一歩進んだこの路線は、いったん見直してほしい。このままだと天童さん、あっち側へ行っちゃいそう。
