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カスタマーレビュー
おすすめ度:
淡々と、しかし最後まで一気に読みきらせてしまう本であった。
(2008-12-27)
父の死を見取り、死後の整理、自分の心の整理をするまでの数ヶ月を書いた本で、とても落ち着いた読み口で、気持ちのよい本だった。
もちろん父の死というのは、題材としても筆者の人生においても重いものだと思う。
ただ、この本は重いだけでなく、きりっとした感触のする本であった。
無名な人にも、その人の大切な人生があり、愛してくれる家族があり。それぞれの家族の事情もあり。
無名である自分の身にも置き換えて、淡々と最後まで読み進めてしまう本だった。
筆者のドキュメンタリーの経験が、自分の父親の死においても発揮された本であり、それ故に必要以上にウェットにならない感触で、ついていきやすい本だった。
通りすがりのバイオ研究者
(2008-06-18)
彼の本はノンフェクションを中心に何冊か読んだことがあるが、
自分の生い立ち、父親への想い•不思議な関係を含めて、
これほど自分の内面をさらけ出した本は初めてである。
そのような点で非常に興味深く楽しく読めた。
沢木耕太郎の新たな面を見いだした気がする。
著者の人物像を知りたい人にはお勧めの一冊である。
畏怖する反面、“守るべき対象”でもあったという父親の生涯とは
(2008-05-03)
本と酒を愛した“無名の”父親の人生を述懐しつつ、最後の日々を静かに描いた私小説的ノンフィクション。父親と自分との関係や、父親の生き様から受けた影響を振り返ることで、結果的に沢木自身の生き方・考え方が吐露されているのが興味深い。
厖大な知識を持つ存在として“畏怖”する反面、純粋で世渡り下手な父親を“守るべき対象”と、沢木は感じていた。こうした矛盾した心理を抱え、反抗期を経験することもなく、いつしか他人行儀な言葉を遣う変則的な父子関係になっていった。そしてこの絶対的矛盾の中にいた健気な少年時代の自分を“救出”するために生まれたのが、小説「血の味」だったという。
同書の“父親を刺す”という衝撃の結末は意図したものではなく、書き進めるうちに図らずもそこにたどり着いたらしいが、沢木にとってそれは必然であり、無意識かつ唯一の“父親への反抗”だったのである。
父と子の距離
(2008-01-14)
沢木氏の文章はスポーツのコラムなど短いものしか読んだことがなかったが、
冷徹とも思える観察眼に怖くなったことがあった。ノンフィクション作家ならではの、
また沢木氏ならではの対象に対する距離の取り方があるのだろう。
本作でも父親のことを一定の距離からみつめている。
しかし、その視線には温かみがあり、前回のような怖さは感じなかった。
また、その距離はまず父親側から取られた距離でもあった。
明治から昭和初期にかけての父親というのは概ねこういうものだと思うが、沢木氏の
父上も家族から尊敬され、一目置かれている。しかし、それは家長として、というより
父上の性質からきているようだ。
この父上の抑制がすばらしい。
追悼句集を出すにあたって紹介されている俳句作品もさることながら、
生き方そのものに抑制が効いているのだ。現代人には真似のできない徹底ぶりである。
耕太郎氏に何かを強要したことがただの一度もないという。だが決して無関心な訳ではない。
これはとても難しいことだ。
よほど自分を律して生きてきたにちがいない。それは、まるで存在感を半分消している
ようですらあった。
全てを受け入れて満足して死んでいった偉大なる市井の人の物語。
この老人の生きざまが強く心に残った。
文章が似ている。
(2007-12-06)
なぜか、藤原新也の「何も願わない手をあわせる」と対比してしまうのだが・・・。
死に行く父親。
その父の残した俳句。
文字からうかぶ空気が似ている、自分の中に流れる父の残したもの。
とても静かなのだけれど、あたたかな本。
おすすめ度:
淡々と、しかし最後まで一気に読みきらせてしまう本であった。
父の死を見取り、死後の整理、自分の心の整理をするまでの数ヶ月を書いた本で、とても落ち着いた読み口で、気持ちのよい本だった。
もちろん父の死というのは、題材としても筆者の人生においても重いものだと思う。
ただ、この本は重いだけでなく、きりっとした感触のする本であった。
無名な人にも、その人の大切な人生があり、愛してくれる家族があり。それぞれの家族の事情もあり。
無名である自分の身にも置き換えて、淡々と最後まで読み進めてしまう本だった。
筆者のドキュメンタリーの経験が、自分の父親の死においても発揮された本であり、それ故に必要以上にウェットにならない感触で、ついていきやすい本だった。
通りすがりのバイオ研究者
彼の本はノンフェクションを中心に何冊か読んだことがあるが、
自分の生い立ち、父親への想い•不思議な関係を含めて、
これほど自分の内面をさらけ出した本は初めてである。
そのような点で非常に興味深く楽しく読めた。
沢木耕太郎の新たな面を見いだした気がする。
著者の人物像を知りたい人にはお勧めの一冊である。
畏怖する反面、“守るべき対象”でもあったという父親の生涯とは
本と酒を愛した“無名の”父親の人生を述懐しつつ、最後の日々を静かに描いた私小説的ノンフィクション。父親と自分との関係や、父親の生き様から受けた影響を振り返ることで、結果的に沢木自身の生き方・考え方が吐露されているのが興味深い。
厖大な知識を持つ存在として“畏怖”する反面、純粋で世渡り下手な父親を“守るべき対象”と、沢木は感じていた。こうした矛盾した心理を抱え、反抗期を経験することもなく、いつしか他人行儀な言葉を遣う変則的な父子関係になっていった。そしてこの絶対的矛盾の中にいた健気な少年時代の自分を“救出”するために生まれたのが、小説「血の味」だったという。
同書の“父親を刺す”という衝撃の結末は意図したものではなく、書き進めるうちに図らずもそこにたどり着いたらしいが、沢木にとってそれは必然であり、無意識かつ唯一の“父親への反抗”だったのである。
父と子の距離
沢木氏の文章はスポーツのコラムなど短いものしか読んだことがなかったが、
冷徹とも思える観察眼に怖くなったことがあった。ノンフィクション作家ならではの、
また沢木氏ならではの対象に対する距離の取り方があるのだろう。
本作でも父親のことを一定の距離からみつめている。
しかし、その視線には温かみがあり、前回のような怖さは感じなかった。
また、その距離はまず父親側から取られた距離でもあった。
明治から昭和初期にかけての父親というのは概ねこういうものだと思うが、沢木氏の
父上も家族から尊敬され、一目置かれている。しかし、それは家長として、というより
父上の性質からきているようだ。
この父上の抑制がすばらしい。
追悼句集を出すにあたって紹介されている俳句作品もさることながら、
生き方そのものに抑制が効いているのだ。現代人には真似のできない徹底ぶりである。
耕太郎氏に何かを強要したことがただの一度もないという。だが決して無関心な訳ではない。
これはとても難しいことだ。
よほど自分を律して生きてきたにちがいない。それは、まるで存在感を半分消している
ようですらあった。
全てを受け入れて満足して死んでいった偉大なる市井の人の物語。
この老人の生きざまが強く心に残った。
文章が似ている。
なぜか、藤原新也の「何も願わない手をあわせる」と対比してしまうのだが・・・。
死に行く父親。
その父の残した俳句。
文字からうかぶ空気が似ている、自分の中に流れる父の残したもの。
とても静かなのだけれど、あたたかな本。
