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カスタマーレビュー
おすすめ度:
優れたプロモーター
(2005-10-01)
ニコラス・レイとなると、わたしが観たことがあるポピュラーな五本以外は、 アメリカ版でも出ていない。しかも加藤さんによれば、その五本のうち論ずるに足る映画は二本半くらいらしいのだ。すぐには手に入らないすばらしい ソフトについてこうして歌い上げ、嫉妬の炎をめらめらと燃え上がらせる加藤幹郎 は、まこと優れたプロモーター である。
ニコラス・レイ
(2005-09-09)
加藤幹郎が『映画の論理』のなかで述べているように、前半の雨露に黒光る夜の都会のアスファルトと後半の陽光を反射する昼の雪原とのコントラストには驚嘆する。それもわずか82分の上映時間の中で起こるのだ。物語の導入のもとに フィルム ・ノワールとして人は見始めているわけだが、コードはあっさりと解体されて光やら闇やらの境界は無に帰してしまう。なぜなら、明るい雪原に建つ、重要な舞台となる一軒の家の中は暗いし、だのに暖炉だけが明るく、ランプが灯されたと思えばすぐ消えしまい、ロバート・ライアンがライターをつけるとアイダ・ルピノが盲目だと判明するからだ。
ニコラス・レイ
(2005-09-06)
ニコラス・レイのOn Dangerous Ground 1952 USA 82min. ( dvd )、 加藤幹郎 が『映画の論理』のなかで述べているように、前半の雨露に黒光る夜の都会のアスファルトと後半の陽光を反射する昼の雪原とのコントラストには驚嘆する。それもわずか82分の上映時間の中で起こるのだ。物語の導入のもとに フィルム ・ノワールとして人は見始めているわけだが、コードはあっさりと解体されて光やら闇やらの境界は無に帰してしまう。なぜなら、明るい雪原に建つ、重要な舞台となる一軒の家の中は暗いし、だのに暖炉だけが明るく、ランプが灯されたと思えばすぐ消えしまい、ロバート・ライアンがライターをつけるとアイダ・ルピノが盲目だと判明するからだ。
配本日当日にでも購入して読みたい
(2005-03-04)
映画関係の書物というとおおかた退屈なものばかりだけれど、加藤幹郎のそれだけは配本日当日にでも購入して読みたい。蓮實某先生は同じことばかりしか言わないし、 松浦寿輝氏はその鋭い感受性が分析対象として映画を見つめることの邪魔をする(感性を学ぶという点では氏は実にいいのだ)。四方田犬彦はいまいち深みがない(これからに期待します!)。映画都市東京の熱狂には距離をおいて京都で研究を続ける加藤幹郎は、映画の理屈抜きの面白さを保存しつつ、己を過信することなく精緻な分析を粘り強く続け自身の視線と映画史とを刷新することをやめないだろう。氏の豊穣で繊細だろう教育に鍛えられた 京都大学のひとたちが、いつの日か、東大やその他で育ったひとたちを差し押さえて日本のシネマ・スタディーズ界を席巻するはずだと思う。さもなくば、日本に嫌気がさして海外に飛び出しているか。
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ニコラス・レイとなると、わたしが観たことがあるポピュラーな五本以外は、 アメリカ版でも出ていない。しかも加藤さんによれば、その五本のうち論ずるに足る映画は二本半くらいらしいのだ。すぐには手に入らないすばらしい ソフトについてこうして歌い上げ、嫉妬の炎をめらめらと燃え上がらせる加藤幹郎 は、まこと優れたプロモーター である。
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加藤幹郎が『映画の論理』のなかで述べているように、前半の雨露に黒光る夜の都会のアスファルトと後半の陽光を反射する昼の雪原とのコントラストには驚嘆する。それもわずか82分の上映時間の中で起こるのだ。物語の導入のもとに フィルム ・ノワールとして人は見始めているわけだが、コードはあっさりと解体されて光やら闇やらの境界は無に帰してしまう。なぜなら、明るい雪原に建つ、重要な舞台となる一軒の家の中は暗いし、だのに暖炉だけが明るく、ランプが灯されたと思えばすぐ消えしまい、ロバート・ライアンがライターをつけるとアイダ・ルピノが盲目だと判明するからだ。
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ニコラス・レイのOn Dangerous Ground 1952 USA 82min. ( dvd )、 加藤幹郎 が『映画の論理』のなかで述べているように、前半の雨露に黒光る夜の都会のアスファルトと後半の陽光を反射する昼の雪原とのコントラストには驚嘆する。それもわずか82分の上映時間の中で起こるのだ。物語の導入のもとに フィルム ・ノワールとして人は見始めているわけだが、コードはあっさりと解体されて光やら闇やらの境界は無に帰してしまう。なぜなら、明るい雪原に建つ、重要な舞台となる一軒の家の中は暗いし、だのに暖炉だけが明るく、ランプが灯されたと思えばすぐ消えしまい、ロバート・ライアンがライターをつけるとアイダ・ルピノが盲目だと判明するからだ。
配本日当日にでも購入して読みたい
映画関係の書物というとおおかた退屈なものばかりだけれど、加藤幹郎のそれだけは配本日当日にでも購入して読みたい。蓮實某先生は同じことばかりしか言わないし、 松浦寿輝氏はその鋭い感受性が分析対象として映画を見つめることの邪魔をする(感性を学ぶという点では氏は実にいいのだ)。四方田犬彦はいまいち深みがない(これからに期待します!)。映画都市東京の熱狂には距離をおいて京都で研究を続ける加藤幹郎は、映画の理屈抜きの面白さを保存しつつ、己を過信することなく精緻な分析を粘り強く続け自身の視線と映画史とを刷新することをやめないだろう。氏の豊穣で繊細だろう教育に鍛えられた 京都大学のひとたちが、いつの日か、東大やその他で育ったひとたちを差し押さえて日本のシネマ・スタディーズ界を席巻するはずだと思う。さもなくば、日本に嫌気がさして海外に飛び出しているか。
