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アイテム詳細
タイニイ・バブルス
桑田佳祐(その他)
SOUTHERN ALL STARS(その他)
ビクターエンタテインメント
グループ:Music /ランキング:32358
価格:¥ 2,010
発売日:1998-04-22 /通常24時間以内に発送
桑田佳祐(その他)
SOUTHERN ALL STARS(その他)
ビクターエンタテインメント
グループ:Music /ランキング:32358
価格:¥ 2,010
発売日:1998-04-22 /通常24時間以内に発送
曲目リスト
1.ふたりだけのパーティ~Tiny Bubbles(Type-A)
2.タバコ・ロードにセクシーばあちゃん
3.Hey!Ryudo!
4.私はピアノ
5.涙のアベニュー
6.TO YOU
7.恋するマンスリーデイ
8.松田の子守唄
9.C調言葉に御用心
10.Tiny Bubbles(type-B)
11.働けロック・バンド(Workin’for T.V.)
1.ふたりだけのパーティ~Tiny Bubbles(Type-A)
2.タバコ・ロードにセクシーばあちゃん
3.Hey!Ryudo!
4.私はピアノ
5.涙のアベニュー
6.TO YOU
7.恋するマンスリーデイ
8.松田の子守唄
9.C調言葉に御用心
10.Tiny Bubbles(type-B)
11.働けロック・バンド(Workin’for T.V.)
カスタマーレビュー
おすすめ度:
活動の区切りを意識した作品だった?
(2008-09-03)
初期の傑作なんですが、このアルバムでサザンとしての活動を一区切りしようとしていたのではないか?と思われます。
1.タイトルが「タイニイバブルス」です。洋楽へのレスペクトなのでしょうが、「小さなアワ」、自分たちの存在が一発屋として終わるのかな、というような心の動きがあったのでは?
2.「Hey RYUDO」は宇崎竜童のことではないかと思われます。宇崎竜童の事務所への移籍話があったとか、なかったとか・・・。そんな「アニキ」へのリスペクトの歌です。
3.「働けロックバンド」常に笑顔を要求される、エンターティナーの影の部分を歌ったものです。業界への諦念の思いがなければ、なかなか歌えない曲ではないでしょうか。
結果としては 初のオリコンチャート1位に輝くことになり、「チャコの海岸物語」では80年代のサザン最大のヒット作となります。
歌謡曲、商業ロック、チャート 全てが一緒くたになっていて、J-POPなんて言葉が生まれる前の そんな時代の作品です。
初期の傑作と思う。
(2007-07-18)
他の著名なレビュワーも指摘している通り、これは、サザンが初の1位になったアルバムであり、非常に練られた、初期の傑作と思う。
アルバムのタイトルは、ハワイアン=バンドからつけられた。創作活動の時間が無かったという意見もみかけるが、実際は前作よりも時間をかけ、着実に、アイディアを昇華させ、更なるサザン節をも確立させたと確信する。
一曲目のディアン=オールマン風のスライドギターからして、魅力全開で、ストーリー性のある「タバコ=ロードにセクシーばあちゃん 」など、出出しから、リスナーの心をつかむ。
初めて歌詞に、ビリー=ジョエルの名が出てくる名曲「私はピアノ=マン」や、月に一度の女性の日を歌った「恋するマンスリー=デイ 」にはびっくりさせられた。
ドラムの松田サンが歌う8曲目も最高のバラッドで、セクシー=ソングの先行代名詞「C調言葉に御用心」、当時の産業音楽シーンへの風刺ソングでありながら、名バラッドの「働けロックバンド」。。もう脱帽である。
小生の、一番の、お気に入りは、「涙のアベニュー」である。洋楽ファンなら、思わず「ニヤリ」としてしまうつくりなのだが、実は、これは、バラッドではない。ブルースである。ブルー=ノートを使った、リードギターが魅力であり、彼らがリスペクトする、クリック=クラプトンの「だれも知らない」という名曲の影響も感じられる。
尚、この作品で、一番光るのは、3曲目である。「Hey Ryude」ではなく、「Hey Ryudo」と名づけた桑田サンのセンスには、ただ拍手である!
もしかしたら、桑田サンも、「Hey Judo」が好きだったのだろうか?
桑田氏の才能が爆発したサード・アルバム
(2007-05-22)
シングルM−9(オリコン最高2位)までサザンの本拠地はブラウン管でした。’80年に入ると彼らは突然の「休業宣言」を発表します。が、そうは言ってもテレビから姿を消しただけで、実際には創作活動に重点を置いただけの話でした。
このアルバム発表と同時期に「ファイブ・ロック・ショー」と銘打ちシングル盤を立て続けにリリース。(本作のM−5、7、「いなせなロコモーション」「ジャズマン(JAZZ MAN)」「わすれじのレイド・バック」)そしてチャートアクション的にことごとく失敗します。
ただし作品のクオリティ的には、スタジオに入り浸ったおかげで素晴らしいものが次々に生まれ、言わば今日のサザンの土台を作ったわけです。
本作の最大の話題はM−4で原由子、M−8でドラムの松田弘がリードボーカルをとったことでしょう。どちらもオールドサザンファンには人気の高い楽曲です。
余談ですがこのアルバムでサザンは初のオリコンチャート1位を獲得。2005年にリリースされ目下のところ最新オリジナル作品である「キラーストリート」まで発表したオリジナルアルバムはすべて(12枚)1位になっております。
1年未満で第三作。走り続けていた時期の名作。
(2005-04-16)
1980年3月21日、発表の第三作。前作「10ナンバーズからっと」(1979.4.5)から、1年足らずのうちに発売された。
例によって、アルバムタイトルと中身の整合性、関連性がよくわからないのが、気になるが、それが、かえって「推理」を働かせる。
この頃、昭和55年は、音楽番組がたくさんあって、テレビに毎日のように出ていたという印象がある。
正直に言うと、少し、露出が多すぎて、充分に、創作活動に時間が避けなかったのではないかと思われる。「C調・・・」などのヒットはあったが、少し薄い感じが否めない。
もちろん、全体として通しで聞けば名曲ばかりであるけれども、無理してランキングをつければ、やや下位に低迷するかな?という印象がある。
タイニイ・バブルス
(2003-02-10)
あいかわらず初期のサザンはいろいろな音楽に挑戦しています。
ジャズ調の「Hey!Ryudo!」、おもいっきり歌謡曲の原さんが唄う「私はピアノ」、歌詞と題名が意味わからん「タバコロードでセクシーばあちゃん」、(等々11曲収録)
2nd(「10ナンバーズ・からっと」)での堅苦しさがとけて、いいアルバムになってると思います。
おすすめ度:
活動の区切りを意識した作品だった?
初期の傑作なんですが、このアルバムでサザンとしての活動を一区切りしようとしていたのではないか?と思われます。
1.タイトルが「タイニイバブルス」です。洋楽へのレスペクトなのでしょうが、「小さなアワ」、自分たちの存在が一発屋として終わるのかな、というような心の動きがあったのでは?
2.「Hey RYUDO」は宇崎竜童のことではないかと思われます。宇崎竜童の事務所への移籍話があったとか、なかったとか・・・。そんな「アニキ」へのリスペクトの歌です。
3.「働けロックバンド」常に笑顔を要求される、エンターティナーの影の部分を歌ったものです。業界への諦念の思いがなければ、なかなか歌えない曲ではないでしょうか。
結果としては 初のオリコンチャート1位に輝くことになり、「チャコの海岸物語」では80年代のサザン最大のヒット作となります。
歌謡曲、商業ロック、チャート 全てが一緒くたになっていて、J-POPなんて言葉が生まれる前の そんな時代の作品です。
初期の傑作と思う。
他の著名なレビュワーも指摘している通り、これは、サザンが初の1位になったアルバムであり、非常に練られた、初期の傑作と思う。
アルバムのタイトルは、ハワイアン=バンドからつけられた。創作活動の時間が無かったという意見もみかけるが、実際は前作よりも時間をかけ、着実に、アイディアを昇華させ、更なるサザン節をも確立させたと確信する。
一曲目のディアン=オールマン風のスライドギターからして、魅力全開で、ストーリー性のある「タバコ=ロードにセクシーばあちゃん 」など、出出しから、リスナーの心をつかむ。
初めて歌詞に、ビリー=ジョエルの名が出てくる名曲「私はピアノ=マン」や、月に一度の女性の日を歌った「恋するマンスリー=デイ 」にはびっくりさせられた。
ドラムの松田サンが歌う8曲目も最高のバラッドで、セクシー=ソングの先行代名詞「C調言葉に御用心」、当時の産業音楽シーンへの風刺ソングでありながら、名バラッドの「働けロックバンド」。。もう脱帽である。
小生の、一番の、お気に入りは、「涙のアベニュー」である。洋楽ファンなら、思わず「ニヤリ」としてしまうつくりなのだが、実は、これは、バラッドではない。ブルースである。ブルー=ノートを使った、リードギターが魅力であり、彼らがリスペクトする、クリック=クラプトンの「だれも知らない」という名曲の影響も感じられる。
尚、この作品で、一番光るのは、3曲目である。「Hey Ryude」ではなく、「Hey Ryudo」と名づけた桑田サンのセンスには、ただ拍手である!
もしかしたら、桑田サンも、「Hey Judo」が好きだったのだろうか?
桑田氏の才能が爆発したサード・アルバム
シングルM−9(オリコン最高2位)までサザンの本拠地はブラウン管でした。’80年に入ると彼らは突然の「休業宣言」を発表します。が、そうは言ってもテレビから姿を消しただけで、実際には創作活動に重点を置いただけの話でした。
このアルバム発表と同時期に「ファイブ・ロック・ショー」と銘打ちシングル盤を立て続けにリリース。(本作のM−5、7、「いなせなロコモーション」「ジャズマン(JAZZ MAN)」「わすれじのレイド・バック」)そしてチャートアクション的にことごとく失敗します。
ただし作品のクオリティ的には、スタジオに入り浸ったおかげで素晴らしいものが次々に生まれ、言わば今日のサザンの土台を作ったわけです。
本作の最大の話題はM−4で原由子、M−8でドラムの松田弘がリードボーカルをとったことでしょう。どちらもオールドサザンファンには人気の高い楽曲です。
余談ですがこのアルバムでサザンは初のオリコンチャート1位を獲得。2005年にリリースされ目下のところ最新オリジナル作品である「キラーストリート」まで発表したオリジナルアルバムはすべて(12枚)1位になっております。
1年未満で第三作。走り続けていた時期の名作。
1980年3月21日、発表の第三作。前作「10ナンバーズからっと」(1979.4.5)から、1年足らずのうちに発売された。
例によって、アルバムタイトルと中身の整合性、関連性がよくわからないのが、気になるが、それが、かえって「推理」を働かせる。
この頃、昭和55年は、音楽番組がたくさんあって、テレビに毎日のように出ていたという印象がある。
正直に言うと、少し、露出が多すぎて、充分に、創作活動に時間が避けなかったのではないかと思われる。「C調・・・」などのヒットはあったが、少し薄い感じが否めない。
もちろん、全体として通しで聞けば名曲ばかりであるけれども、無理してランキングをつければ、やや下位に低迷するかな?という印象がある。
タイニイ・バブルス
あいかわらず初期のサザンはいろいろな音楽に挑戦しています。
ジャズ調の「Hey!Ryudo!」、おもいっきり歌謡曲の原さんが唄う「私はピアノ」、歌詞と題名が意味わからん「タバコロードでセクシーばあちゃん」、(等々11曲収録)
2nd(「10ナンバーズ・からっと」)での堅苦しさがとけて、いいアルバムになってると思います。
